ノルウェー移住者に聞く、理想郷ではない北欧のリアル<北欧で暮らす日本人>
「北欧」と聞くと、多くの人が「高福祉国家」や「幸福度の高い国」のようなイメージを持つかもしれません。しかし、実際に住んでみると、文化の違いや言葉の壁、そして差別など、さまざまなストレスを抱えることも少なくありません。
今回は、ノルウェー在住歴10年のミナミさんに日々の暮らしや仕事のこと、そして日本とノルウェーの違いなどを伺いました。北欧のライフスタイルに興味をお持ちの方や、これから海外移住を考える方に、ぜひ読んでもらいたい記事です。

今回はノルウェー在住歴10年のミナミさんにお話を聞きました ©THE STYLE OF NORTH 編集部
PROFILE/ミナミさん
東京都出身。大学卒業後、都内の広告代理店で広告制作やマーケティングに携わる。夫の海外赴任に伴い、2015年にノルウェーへ移住。現在は首都オスロの現地企業で働きながら、夫と二人暮らし。
ーーミナミさん、本日はよろしくお願いします。ノルウェー在住歴10年、もうベテランですね。
「こちらこそ、よろしくお願いします。まだまだ戸惑うこともありますが、移住当初よりは落ち着いて生活できていると思います」
ーーノルウェー移住前に海外での経験はありましたか?
「はい。移住前に勤めていた東京都内の企業では、海外出張が年に数回ありました。また、プライベートでもヨーロッパには何度か行ったことがあったので、ノルウェー移住を決めた時もそれほど不安はありませんでした」
ーー海外移住のハードルは高くはなかったのですね。
「そうですね。以前から、一度海外で生活してみたいという気持ちもあったので、夫の海外赴任は良いチャンスだと思いました。当時はまだ若かったので、何とかなるだろうと勢いで決めてしまったところもあります」
ーー勢いも時には必要です(笑)。新しい環境にはすぐに馴染めましたか?
「移住前に私が抱いていたノルウェーのイメージと言えば、寒い・物価が高い・サーモン・フィヨルドのような漠然としたものでした。入念に下調べをしていたわけでもなかったので、移住してすぐは戸惑うことも多く、生活のリズムを掴むまでに時間がかかりました。移住後の約2年は現地での仕事も見つからず、思い描いていた生活とのギャップに落ち込むことが多かったです」
移住後の数年は人生でもっともストレスフルだった
ーー移住前はどんな生活を思い描いていましたか?
「日本で暮らしていた時よりもストレスの少ない生活ができると思っていました。オスロは小さな都市なので、東京とは比較できないくらいのんびりしています。でも、私たちが最初に住んだエリアは外国人が少なかったこともあり、とても排他的でした。
外を歩いているだけで訝しげに見られたり、近所の人に挨拶しても無視されるというのは日常茶飯事で……。ノルウェーの人はよくホームパーティーをするので、深夜の騒音にも悩まされました。ストレスフリーな生活を想像していましたが、移住後の数年は私の人生の中でもっともストレスの多い時期だったと思います」
※ノルウェー国土面積は日本とほとんど同じだが、総人口は約550万人で東京都の半分以下。首都オスロの人口は約70万人で、東京都・江戸川区と同規模。(2023年時点)

お気に入りのカフェで読書するのが癒しの時間、というミナミさん ©THE STYLE OF NORTH 編集部
ーー村社会的なエリアだったんですね……。身近に相談できる人はいましたか?
「移住当初は現地の日本人コミュニティーに参加することもありましたが、私の悩みや体験を伝えると、『あなたに差別される原因があるのでは?』と言われてしまったんです。それからは距離を置くようになってしまいました」
ーーえっ!? それはひどい発言ですね。
「語弊があるかもしれませんが、日本では『日本人は海外で差別されない』『日本人はリスペクトされている』と思っている人が多いと思います。そのため、『差別体験は個人の問題で、日本人全体の問題ではない』と考えるのではないでしょうか。自分には関係ない、関わりたくないと考える人も多いと思います。そんなこともあって、こちらでは日本人の友人はほとんどいないんです。
ノルウェーの生活で親身になってくれているのは、夫のスウェーデン人の同僚です。隣人との騒音トラブルの際も、私たちではまったく聞き耳を持ってもらえなかったことを彼から伝えてもらい、解決したということがありました」
関連リンク(外部サイト):増加するヘイトクライム、日本人が「名誉白人」意識を超えるべき理由
ーー海外に住む日本人同士なのに、理解し合えないのはつらいですね。現地でのコミュニケーションは移住者の多くが苦労するポイントだと思いますが、溶け込むために努力したことはありますか?
「些細なことですが、無視されても挨拶だけは根気よく続けました。また、ゴミ出しなどのルールを守り、町内会や地域のボランティア活動に積極的に参加しました。あとは、拙くてもなるべく現地語で話すことでしょうか。それでも、そのエリアではなかなか受け入れてはもらえませんでしたが、なかには声を掛けてくれるようになった方もいました」
幸福度の高い国、北欧にも差別はある
ーー奮励されたんですね。ノルウェーは治安が良い国として知られていますが、
「ノルウェーで身の危険を感じるような人種差別は経験していませんが、差別がまったくないという訳でもありません。アジア人に対して偏見のある人が少なくないので、外見だけで不当な扱いを受けることはあります。また、パンデミックの時はアジア人に対する嫌悪感を隠さない人が多かったので、地下鉄やバスで席に座るのを妨害されたり、息を止める仕草をされたこともありました」
ーーパンデミック時は、アジア人に対するヘイトクライムが世界的な問題になりました。近年は、日常生活に隠れるマイクロアグレッションも問題になっています。
「そうですね。私の実体験では、『日本人はなぜ英語が下手なの?』『アジア人なのにつり目じゃないね』などと言われたことがあります。このような発言やマイクロアグレッションはどの国でも起こり得ることだと思います。私も以前、初対面の外国人に出身地を聞いてしまい、不快にさせてしまった経験があるので、気をつけています」
※マイクロアグレッション:
ーーそのような差別的な発言やマイクロアグレッションは無視するのが良いのでしょうか?
「私はそうは思いません。日本では『差別は無視すれば良い』という人も多いと思いますが、海外生活では『無視=反論しない人』と思われてエスカレートする場合もあるので、容認してはいけないと思います。ただ、マイクロアグレッションについては、相手の無知から、意図せず差別的な発言や行動をしてしまっている場合もあるので、啓蒙と話し合いが大切だと思います」
ーー人種差別は人間にとって大きな課題ですね。コミュニケーション以外で苦労したことがあれば教えてください。
「今でも苦労しているのは食生活です。皆さんはノルウェーと聞くと、新鮮で美味しい魚介類をイメージすると思いますが、ノルウェーは水産物の輸出に力を入れているので、国内で流通している魚介類は種類が少なく、それほど新鮮ではありません。
魚介類以外にも、日本には旬の食材があって、季節によって食の楽しみがありますよね。ここでは日本ほど食材が豊富ではなく、外食産業も発展していないので、どうしても食のバリエーションが乏しくなってしまいます。日本で生活していた時には気にしたことがありませんでしたが、美味しいものを気軽に食べられないことは、つらいものなんだと感じています」
ーー私はフィンランド在住ですが、フィンランドも似たような感じです。スーパーで傷んだ食材が売られていることもありますよ(笑)。ちなみにノルウェーの人はどんな食生活をしているのですか?
「私の周りでは、魚よりも肉を好む人が多いです。また、『ノルウェーの国民食は冷凍ピザ』という冗談があるほど、みんな冷凍ピザが大好きですね。ノルウェーでは、日本で言う食育のような概念は浸透していないので、子供の食事メニューがホットドッグやパンケーキだけということも珍しくないようです。食に関しては、日本の方が意識が高く、多様な食文化が根付いていると思います」
ーーたしかに、日本人の食や健康に対する意識は他国と比べて非常に高いと感じます。食生活以外で不便を感じることはありますか?
「ノルウェーは人口が少ないので、日本と比べると余暇の楽しみや趣味の選択肢が少なめです。休日に何もすることがない……ということがよくあります。あとは、宅急便が予定通り届かない、具合が悪くてもすぐには診察してもらえない、日曜日はお店が営業していないなど、いろいろあります(笑)」

ミナミさんがよく散歩に行くというヴィーゲラン彫刻公園(フログネル公園) ©THE STYLE OF NORTH 編集部
ーー確かに、休日は公園に行くパターンになりがちですよね。すぐに診察してもらえないというのは具体的にどういうことですか?
「ノルウェーは、ホームドクター(かかりつけ医)制を採用しています。
ただ、ホームドクターを予約できるのは何日も先になることが多く、すぐに診察してもらうのは難しい場合がほとんどです。希望しているレベルの診察を受けられなかったり、医師が忙しくしっかりと話を聞いてもらえない場合もあります。そのため、
北欧では適切なワークライフバランスを保てるのが魅力
ーー時間と費用、どちらを取るか難しいところです。次は仕事について教えてください。ミナミさんは現地企業で働いていますが、日本の職場環境と比べて違いはありますか?
「ノルウェーでは、ワークライフバランスがとても大切にされています。リモートワークやフレックス制も日本より浸透していると思います。ノルウェーの法定労働時間は週37.5時間(1日あたり7.5時間)※ ですが、私の職場ではほとんどの人が早めに切り上げたり、雑談をしていたりするので、実働は6時間くらいでしょうか(笑)。業種差や個人差もありますが、基本的にノルウェーではプライベートを優先する価値観があると思います」
※団体交渉協定(Collective agreement)が適用される職場の場合
ーー北欧は全体的に労働時間が短いですよね。働きやすさという観点ではどうですか?
「労働者の権利が法律で強く守られているので、労働環境や待遇は日本よりも配慮されていると感じます。また、ノルウェーは日本よりも上司と部下の関係がフラットなので、意見を言いやすく、合理的・効率的に仕事を進められることが、自分には合っています。
ただ、文化の違いで、仕事が終わらなくても帰宅してしまう人や、プライベート優先で仕事の約束をキャンセルする人もいます。それによって仕事が予定通りに進まないことも多いので、その点はストレスですが、誰かがその仕事をカバーしなければならないという風潮はないので、自分のやるべきことに集中できています」
ーー北欧はジェンダーギャップが少ないと言われていますが、その点はどう感じますか?
「ノルウェーと日本を比べると、確かにノルウェーの方がさまざまな面でジェンダーギャップが少ないと思います。『男性はこうすべき、女性はこうすべき』といった固定観念や無意識の思い込みに触れる機会はほとんどありません。
ビジネス面では、ノルウェーはクオータ制により女性の雇用率が定められているため、女性政治家や管理職の割合が日本よりも高いです。しかし一方で、法律で定められた女性の比率を守るために、女性が優先的に雇用される側面もあり、
※ノルウェーでは、男女間の平等推進のため、
ーーなるほど。真の平等という意味では、ノルウェーもさらなる努力が必要なんですね。家庭での役割分担や男性の家事・育児参画についてはどうですか?
「北欧の他の国と同様に、ノルウェーでもジェンダー平等や男女共同参画を推進してきた長い歴史があるので、男性も積極的に家事や育児に参加しています。知り合いに専業主夫の家庭もあります。
ノルウェーでは育児休暇を両親に平等に分配することが奨励されているので、父親も月単位で育児休暇を取得する傾向がありますし、男性が子供と散歩や買い物などをしている光景もごく一般的です。幼稚園の送迎時にお父さんたちが集まって談笑していることもよくありますよ」
ーーノルウェーでの経験を通して、ご自身の価値観が変わったと感じることはありますか?
「いくつかありますが、自分にとっての大きな変化の一つは、周囲に自分の意見をはっきりと伝えるようになったことです。日本では協調性が重視されることが多いですが、ここでは意見を言わないことでネガティブな印象を与えます。私はこう考える、と声に出すことが重要です。正直、主張することに疲れてしまうこともありますが、ノルウェーで生活するための処世術だと思います。
もう一つは、環境問題や紛争といった世界的な課題が、日本にいた頃よりも身近に感じられるようになりました。ノルウェーに限らず、北欧ではこうした問題に対して関心の高い人が多いので、その影響から、私も物事をより広い視野で捉えるようになりました。自分が生きる世界に対する責任感が高まったと思います」
不便を許容できれば北欧移住は楽しくなる
ーーミナミさんはノルウェーでの生活に順応されているように見えますが、同時にストレスも抱えていらっしゃるのだと感じました。ご自身の経験から、どんな人がノルウェーでの生活に向いていると思いますか?
「スローライフを求めている方には暮らしやすい国だと思います。私がノルウェーで出会った日本の方々も『ノルウェーでは頑張らなくていい』『見た目を気にしなくていい』『周囲からのプレッシャーがない』のように話していました。
また、ノルウェーはアウトドアが好きな人にとって非常に良い環境があります。都市部にも緑が多いので、森の中を散策したり、BBQやガーデンパーティー、ビーチで日光浴、スキー、きのこ狩りなど……。わざわざ遠くへ行かなくても、自宅の近くでそういうことを気軽できるのはノルウェーの魅力の一つだと思います。
また、ノルウェーではほとんどの人が英語を話します。ノルウェー語自体も比較的習得しやすい言語なので、言葉の面での苦労は少ないと思います。
ただ、生活する上での利便性は日本の方が高いので、ある程度は妥協し、不便を楽しむ気持ちが重要だと思います。あとは、先ほども触れましたが、食生活に関してこだわりがある方は工夫が必要かもしれません」

「ノルウェーの魅力の一つは雄大な自然ですね」とミナミさん ©THE STYLE OF NORTH 編集部
ーー海外移住や北欧移住を考えている人にアドバイスをお願いします。
「日本では北欧=理想の国という印象をお持ちの方が多いと思いますが、住む場所や出会う人によって住み心地は変わると思います。私は日本のニュースやブログなどから得られる北欧の情報や、そこから受ける印象とはまったく異なる経験をしました。
どんな方にも合う土地・合わない土地があると思いますので、まずは移住を決める前に多くの情報を入手して、可能ならば実際にそのエリアを訪れてみると良いと思います。これが私が自分の失敗から学んだことです」
おわりに、海外移住を考える方へ
「ネガティブなことを含めて本音を語るのはとても勇気がいりました」と話すミナミさん。私たち北欧在住の編集部スタッフも、異文化からの学びとともに葛藤も抱えながら生活しています。
経済的な安定と手厚い福祉制度に加え、社会の平等性や質の高い教育制度も整う北欧諸国は、海外移住を考える日本人にとって魅力的な選択肢となっています。しかし、海外移住には、成功もあれば失敗のリスクもあります。
どんな国にも良い面とそうでない面があり、完璧な国は存在しません。この現実を理解しておくことこそが、移住を成功させるための最初のステップなのかもしれません。