北欧の「ヤンテの掟」に学ぶ、ジャングル化した現代を生きるヒント
近年、他者への敬意が薄れ、攻撃的なコミュニケーションが増えていると感じる場面はありませんか?
2026年1月、国連のグテーレス事務総長は、世界各地で続く紛争や国際法違反の現状を指して、「法の支配がジャングルの掟に置き換えられつつある」と強い懸念を表明しました。この「ジャングル化(野生化)」とも呼べる現象は、国際情勢に限らず、私たちの身近な人間関係やSNS上のやり取りにも見られる変化のように感じます。
こうした混迷の時代において、一つの視点を与えてくれるのが、北欧に伝わる「ヤンテの掟(Janteloven)」という概念です。

北欧のヤンテの掟とは?
「ヤンテの掟」とは?
「ヤンテの掟」とは、北欧(主にデンマーク、スウェーデン、ノルウェー)の文化に深く根づく、自惚れや慢心を戒めるための10か条です。
もともとは、1933年にデンマーク出身の作家アクセル・サンデモーセが小説『逃亡者はおのが轍を横切る』の中で描いた架空の町「ヤンテ」のしきたりでした。しかし現在では、北欧の人々の平等主義や謙虚さを象徴する“内面の作法”として広く知られています。
「ヤンテの掟」10か条とは?
「ヤンテの掟」とは、いわば謙虚さを保つための心得です。翻訳にはいくつかのバリエーションがありますが、その本質は以下のような内容です。
- 自分が特別な人間だと思ってはいけない
- 自分が人よりも善良だと思ってはいけない
- 自分が人よりも賢いと思ってはいけない
- 自分が優れていると思い上がってはいけない
- 自分が多くを知っていると思ってはいけない
- 自分が重要な存在だと思ってはいけない
- 自分が何かに秀でていると思ってはいけない
- 人を笑ってはいけない
- 誰かが自分のことを気にかけてくれていると思ってはいけない
- 人に何かを教えられると思ってはいけない
北欧社会における是非と議論
ヤンテの掟は必ずしも手放しで称賛される概念ではありません。北欧社会においても、出る杭を打つ文化を助長するものとして、その是非が問われる場面もあります。
たとえば、スウェーデン出身の俳優アレクサンダー・スカルスガルドは、エエミー賞とゴールデングローブ賞を同時受賞する快挙を成し遂げた際に、この掟による抑圧感から「(誇らしく語ることが)難しかった」と吐露しています。
写真:アレクサンダー・スカルスガルド(父は北欧を代表する名優ステラン・スカルスガルド)
また、一部では、ヤンテの掟を乗り越えようとする活動もあります。ノルウェーではヤンテの掟は死んだとして、2005年に「ヤンテの掟の墓」が建てられ、デンマークではハンドボールチームが選手を鼓舞するために「ヤンテの掟クソ食らえ(FUCK JANTELOVEN)」とプリントしたシャツを着用して注目を集めました。
なぜ今、「ヤンテの掟」が注目されるのか
「自分を特別だと思うな」というこの掟は、一見すると自己肯定を否定する言葉のように見えます。しかし、自己主張が過熱し、他者への批判が先鋭化しやすい現代においては、この視点に一定の意義を見出すこともできそうです。
現代は、個人の権利や能力、金銭的な成功が強調されやすく、それが時に「自分は特別である」という特権意識に繋がり、他者への攻撃を正当化してしまう場面も少なくありません。あえて、この掟のように「自分は特別ではない」という認識を持つことは、感情的な衝突を抑制する一助になるかもしれません。
ヤンテの掟が説く徹底した謙虚さは、解釈によって個人の努力を隠してしまう危うさも孕んでいます。しかし、根底にある「自分も相手も対等である」という平等の精神には、殺伐とした現代を生き抜くための、成熟した大人のマナーが隠されているのではないでしょうか。


